近年、サステナビリティや持続可能な社会の実現が叫ばれる中、欧米を中心に「修理する権利(Right to Repair)」の法制化が進むなど、モノを大切に長く使う文化への回帰が世界的な潮流となっています。しかし日本の修理業界に目を向けると、長年の構造的な課題によって、消費者にとっても地域事業者にとっても、決して利便性が高いとは言えない状況が続いてきました。
こうした修理業界のブラックボックス化に切り込み、データエンジニアリングの力で「修理の地産地消」と「地方創生」を同時に実現しようとしているスタートアップがあります。それが、2025年7月に設立されたばかりのR&R(リペアアンドリプレイス)株式会社です。
同社が提供する、一般消費者向けのモノ管理アプリ『monomane(モノマネ)』と、法人向けの修理プラットフォーム『REPAIRBASE(リペアベース)』は、一見するとシンプルなマッチングサービスのようでありながら、その本質は「モノのライフサイクルにおけるビッグデータ」を活用した、社会構造の変革にあります。
今回は、同社代表の池田隆行氏にお話を伺い、延長保証業界での長年の経験から見出した課題意識、データ活用がもたらす修理品質の向上、工程の透明化、そして地方自治体や中小事業者と共に描く地域経済活性化の未来像について、深く掘り下げました。

R&R株式会社 代表取締役 池田隆行氏
1.延長保証業界で痛感した「9割の置き去り」と修理業界の構造課題
R&R株式会社の創業メンバーは、会社設立に至るまで、長期間にわたり「延長保証業界」の第一線で活躍してきました。家電量販店や自動車ディーラーなどで、メーカー保証期間を延長するプログラムを運営・管理するビジネスです。製品の長寿命化を促すという意味では、延長保証は循環型経済に貢献する事業であるはずでした。しかし、池田氏はそのビジネスモデルの限界を日々痛感していたといいます。
保証や保険のビジネスというのは、お金を払って加入してくださったお客様には非常に手厚い修理ネットワークやアフターサービスを提供できます。しかし、実際にこうした延長保証に加入される方は、全体の数パーセント、多くても10%程度に過ぎません。つまり、実際にモノが壊れて困っている一般消費者のうち、残りの「9割」に対しては、適切なアプローチや支援ができていないのではないか。池田氏は当時、そのような強い課題感を抱いていました。
保証に入っていない9割の消費者は、モノが壊れた際、自分で修理事業者をリサーチしてアプローチしなければなりません。ここに、日本の修理業界が抱える大きな構造課題が横たわっていました。
従来の修理業界は、メーカーや販売店による「アフターサービスの囲い込み」が長年続いてきました。その結果、以下のような三者一両損とも言える歪みが生じていたのです。
- メーカー側の課題:地方まで含めた広大な修理ネットワークを維持することが困難になり、人件費や管理コストが重くのしかかっている。
- 修理業者側の課題:業界の構造的に低収益かつ深刻な人材不足・後継者不足に悩まされている。
- 消費者側の課題:どこに頼めばいいかの情報が不足しており、見積もりや修理に時間がかかる上、費用も高額になりがちである。
結果として、地方の修理拠点は都市部へと集約され、地方の消費者における修理の利便性は下がり続けています。修理のハードルが高すぎるため、現代の消費者の約50%は、モノが壊れたときに「修理する」という選択肢を最初から除外してしまっているという実態もあります。
こうした「修理利便性の喪失」という根本的な解決に挑み、修理という選択肢が購入と同じ土俵に乗るような世界を作りたい。その強い想いから、R&R株式会社は誕生しました。コストを最小限に抑えて早期にサービスを開始することを最優先し、ビジネスモデルを作り上げていったのです。
2. 2つのプロダクトが織りなす「情報の非対称性」の解消
消費者が修理を諦めてしまう最大の理由は、修理の本質が「ブラックボックス」だからです。
消費者にとって、修理は原因も分からなければ、どこをどう直したのか、なぜその金額になるのかといった情報がまったく見えません。この「情報の非対称性」が、修理に対する根強いマイナスイメージ(高い、面倒、不安)を生み出しています。R&R社が提供するプラットフォームは、単なるマッチングではなく、この情報の非対称性をなくし、誰もが納得して修理を受けられるための仕組みなのです。
同社はこの課題に対し、2つの連動するプロダクトでアプローチしています。
個人向けモノ管理アプリ『monomane(モノマネ)』
消費者が自分が所有している様々な製品情報や保証情報をアプリ内に登録し、マネジメントできる一般消費者向けサービスです。事前に製品を登録しておくことで、購入からどれだけの期間が経っているかをいつでも認識できます。

法人向け修理プラットフォーム『REPAIRBASE(リペアベース)』
全国の修理技術者や加盟店が登録する、修理案件の管理・運用サイトです。
モノが壊れた際、消費者は『monomane』を通じて『REPAIRBASE』にアクセスします。アプリ上で故障したモノの画像や症状、エラーコードなどをアップロードすると、登録されている複数の加盟店がそれを見て「入札方式」で修理を提案します。消費者は、提示された金額や納期、事業者の評価といった明確な情報をもとに、最も安心・納得できる一社を自ら選ぶことができるのです。
さらに、システム上で「今、どのような手配が進んでいるか」「決済はどの段階か」という中身のプロセスの進捗がリアルタイムで可視化されます。
この仕組みは、修理業者側にとっても極めて大きなメリットをもたらします。事前に画像や詳細な故障原因のイメージをチャット等で連携・共有できるため、業者はどのような故障症状に対して、どういった心持ちで準備すればいいかを正確に把握できます。
従来の出張修理で頻発していた、訪問してみたら単にリモコンの電池が切れていただけだった、あるいはコンセントが抜けていただけだったというような、業者側の空振り(無駄な人件費・移動コストの発生)を防ぐことができるのです。事前に「この場合は技術料が発生します」といった注意事項をアプリ上で明記し、双方が納得した上でコミュニケーションを詰めていけるため、トラブルのない極めてスムーズな連携が可能となっています。

3.「画期的なデータ活用」がもたらす業務変革と未来の意思決定支援
R&R株式会社が目指しているのは、単なる利便性の高い修理受付窓口ではありません。サービスの基盤にあるのは、これまで市場に存在しなかった「モノのライフサイクルにおける多様なアクションの相関データ」の収集と分析です。
これまで修理業界は、メーカー系の直営大手を除き、見積もり情報や過去の修理実績をデジタルデータとして適切に管理・蓄積できる土壌がありませんでした。特に地方の中小修理業者は、貴重な職人の知見や過去のデータを活用できる環境が整っていない状態でした。各修理業者がプラットフォームを通じてデータを蓄積させることで、以下のような画期的なデータ活用機能の実現が進んでいます。
① メンテナンスデータの可視化と「納得感」の醸成
メーカーや購入元、使用期間に縛られない、リアルな「修理発生頻度率」や「修理単価」のビッグデータが蓄積されます。これにより、消費者に対しては「購買における意思決定に役立つ情報」を提供できるようになります。また、法人(メーカーや販売店)に対しては、製品開発や販売戦略における強力な意思決定支援データとして提供することを想定しています。
② 修理の品質向上とリードタイムの削減(今後の構想)
蓄積された膨大な過去のメンテナンスデータを活用し、修理業者向けに「見積もり作成の自動支援」「最適な部品選定のナビゲーション」「故障箇所の特定サポート」といった機能を提供する構想が進んでいます。単なるスケジュールや案件の管理システムではなく、データが「修理そのものの技術的品質を上げ、完了までの期間(リードタイム)を短縮する」という、職人をエンパワーメントする仕組みです。
池田氏へのインタビューからは、データが開示され、オープンに比較できるようになることで初めて見えてくる「市場の驚くべき実態」も明かされました。
実際にプラットフォームを運用してみると、同じ修理会社であっても、店舗ごとにバッテリー交換の費用が違ったり、独自のキャンペーンをその店舗でやっていて半額で終わるケースがあることが分かりました。キャリアやメーカーに行けば一律数万円と言われるものが、データを開示し比較できるようにすることで、消費者は自分の近くで最もお安く、ストレスなく直せる店舗を知ることができます。データの集約によって情報の非対称性が是正され、市場全体が健全化していく手応えを、池田氏は確かに感じています。
現在は携帯電話や家電, ゲーム機, PC, さらには洋服(ダウンのファスナー交換など)にまで対応ジャンルが広がっていますが、今秋に向けて「自動車の軽微な修理(傷、バンパー、フロントガラスなど)」への展開も準備中とのことです。ディーラーを通すのではなく、近くの優良な修理会社をデータをもとに斡旋・マッチングする入札モデルを構想しています。
4.地方創生への貢献:データ活用で実現する「修理の地産地消」
では、このプラットフォームがもたらす「データ活用」の仕組みは、地域の活性化や地方創生にどのように結びついていくのでしょうか。
R&R社が描くビジョンの核心は、「修理やメンテナンスの地産地消」です。
前述の通り、地方の中小修理事業者は、メーカーのアフターサービス囲い込みによって案件が回ってこず、売上減少や後継者不足に苦しんでいます。一方で、メーカー自身も地方の修理拠点を維持できなくなっているため、地方の消費者は修理利便性が下がり、不便を強いられています。
池田氏は、近くにある地元の業者がスピーディーに対応し、地方にしっかりと収益が落ちる経済構造を作りたい、と語ります。同社のプラットフォームで提携する地域の修理業者と地元の消費者をデータで直接つなぐことができれば、消費者の利便性は劇的に向上し、地方の中小事業者の収益拡大にダイレクトに貢献できるという見通しです。
同社は現在、まだサービス提供開始から間もない(2026年1月サービス開始から約3ヶ月)ため、具体的な自治体との確定事例は模索中・導入先を探している段階ですが、すでに一般登録者は1万人を超え、11社・約200店舗の加盟店とのネットワークが稼働しています。そして、地方自治体がこのデータプラットフォームを導入した際の、極めて具体的な「三方良し」の波及効果(インパクト)を見据えています。
自治体がR&R社のプラットフォームを活用する未来像
- 住民向けの新しいインフレ提供:住民がスマートフォンから簡単に「地域の修理業者への修理依頼」「粗大ごみの回収依頼」「リサイクル依頼」を行える一元化されたフォームとして、自治体公式で提供する。
- 地域経済・中小企業の活性化:メーカーの囲い込みやWeb集客の手法を持たない、地元の昔ながらの中小修理業者に対して、業務委託元に頼らない自立的な集客環境(案件)を提供し、地域内で資金を循環させる。
- 環境意識の高い自治体としてのPR:住民の修理へのアプローチを劇的に改善することで、自治体として頭の痛い課題である「廃棄物の削減」を達成。地球環境に優しい選択肢を推進する最先進の自治体として、メディア等にも取り上げられやすい革新的なPRが可能になる。
さらに、地方の高齢化社会に寄り添った非常に温かみのあるデータ活用の可能性も語られました。
地方の老人ホームや、田舎に暮らすご高齢の方々は、ITリテラシーや製品知識が乏しいため、モノが壊れたときに適切な判断ができません。悪質なケースでは高額な新品を売りつけられてしまうようなこともあります。そこで例えば、東京などの都市部に住んでいる子供たちが、このプラットフォームを通じて、田舎に住んでいる両親のエアコンや給湯器の修理を代わりに遠隔で依頼できるような体制(家族一括パックなど)を作りたいと、同社は考えています。不動産管理会社とも連携を進めていますが、こうした仕組みにデータを流すことで、地方のリテラシー格差を埋め、大切な資産を長く使う文化を醸成できるはずです。
おわりに:データが拓く、モノを大切にする国の未来
データ活用やDX(デジタルトランスフォーメーション)と聞くと、多くの企業や自治体は「AIによる需要予測」や「最先端のSaaS導入による業務の自動化」といった、効率化や売上向上の側面ばかりに目を奪われがちです。
しかし、R&R株式会社の取り組みが教えてくれるのは、「これまでデータ化されていなかった、見過ごされていた領域(=修理、廃棄、ライフサイクル)をデジタル化・可視化することによって、社会全体の不調和を是正し、新たな地域経済の循環を生み出すことができる」という、データエンジニアリングのもう一つの本質的な価値です。
これまで、日本のどの自治体も、どの企業も、「修理」という領域をデジタル技術でアップデートし、地方創生の主軸に据えようという積極的な取り組みは行ってきませんでした。
モノを修理しながら大切に長く使うという文化づくり。それは、今ある資源を最小単位の資源活用で使い続ける、地球環境にやさしい持続可能な社会を作るための文化の醸成そのものです。現在、50%の人々が諦めてしまっている修理という選択が購入と同じ土俵に乗ることができれば、市場自体が拡大し、日本全国の修理関連企業全般、ひいては地方の隅々まで収益が行き渡るようになります。池田氏は、この新しい取り組みに、全国の自治体の皆様、企業の皆様と一緒に取り組んでいきたい、と強い期待を寄せています。
データ活用に悩み、「何のためにデジタル化を進めるべきか」の目的を見失いかけている自治体やビジネスパーソンの皆様。R&R社が挑む「修理の地産地消による地方創生」というビジョンは、データが持つ本来の可能性、すなわち「社会課題を解決し、世界を良くする力」を、最も純粋な形で示してくれているのではないでしょうか。
新しい一歩を踏み出すためのヒントは、これまで見向きもされなかった地域の「ブラックボックス」の中に眠っているかもしれません。
【取材協力】R&R株式会社
業界横断型の修理プラットフォーム『REPAIRBASE』、個人向けモノ管理アプリ『monomane』の開発・運営。古物商の免許も取得し、今後は携帯電話の買い取り・海外展開や、家電の廃棄・部品のパーツ取りなど、モノのライフサイクル全般をカバーするサービスの展開を目指す。
企業HP:https://randr.co.jp/














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