近年、DX(デジタルトランスフォーメーション)の波は地方自治体や地方企業にも確実に押し寄せています 。しかし、「データを活用する」と言われたとき、多くのビジネスパーソンが思い浮かべるのは、売上予測のグラフや顧客の行動ログ、あるいは業務効率化のためのスプレッドシートといった「数値」ではないでしょうか。
「データをただの数値や効率化の道具として捉えるのはもったいない。デジタル全盛の時代だからこそ、人の心を動かす『アナログな感情』をデータに詰め込み、流通させることに大きな価値があるのです」
そう語るのは、東京、福岡、札幌に拠点を構える声優事務所、株式会社アル・シェアの代表取締役・藤田 浩治氏です 。同社は、一見するとデータ活用やITの世界とは縁遠いように思える「声優・ナレーター」の業界において、GoogleフォームやGoogleドライブ、SlackといったITツールを用いた画期的な音声データの流通スキームを構築 。地方に埋もれる才能を発掘し、場所に縛られずに活躍できる環境を整えることで、音声データの力による地方創生とビジネスの変革を同時に成し遂げています 。
「声」という最も原始的で強力なアナログデータを、ITの力でどう活かすのか 。藤田氏へのインタビューから、地方企業や自治体が目指すべき、新しいデータ活用のあり方が見えてきました。

株式会社アル・シェア 代表取締役 藤田 浩治氏
1.「どこにいても続けられる環境」をデータで創る
株式会社アル・シェアは、日本で最初に株式会社として設立された声優事務所「同人舎プロダクション」を前身に持ち、創業から数えると61年目という長い歴史を誇ります 。16年前に先代の社長が亡くなったことで一度は解散しましたが、半年後に藤田氏が代表となって再設立し、現在は15期目を迎えています 。
アニメや洋画、ゲーム、企業ナレーションなど、音声に関わるあらゆるジャンルのタレントを抱える同社ですが 、藤田氏が長年抱いていたのは、「プロの声優が活躍する場所が、なぜこれほどまでに東京へ一極集中しているのか」という違和感でした 。
「30年前、私が声優を目指そうとしたときも、声優事務所が東京にしかなかったため上京するしかありませんでした 。しかし、私自身が転勤族の家庭で育ち、3年ごとに名古屋や大阪など様々な土地を回ってきた経験から、地方にも素晴らしい場所がたくさんあることを知っていました 。なぜ、声優になるためには東京しか選択肢がないのか。どこにいても、生涯にわたって声優を続けられる環境を作れないかと考えたのが、音声データの活用を始めた原点です 」
従来、声優やナレーターの仕事は「東京の収録スタジオに足を運ぶこと」が絶対の前提でした 。ディレクターや音響エンジニア、クライアントがスタジオに集まり、演者がブースに入ってリアルタイムで演技を吹き込む 。これが何十年も変わらない業界の常識だったのです 。
しかし、ここ数年で状況は劇的に変化しました 。インターネット回線の高速化により大容量の音声データを瞬時に転送できるようになり 、オンラインでの遠隔リアルタイム収録も普及し始めました 。さらに、かつては1本50万円もしたスタジオクオリティのマイクや周辺機材が、現在では数万円で高性能なものが手に入るようになり、パソコンが1台あれば個人でも自宅で十分な音質で録音できる環境が整ったのです 。
「特に決定的だったのはコロナ禍です 。私たちは『三密』の最たるものである狭い収録ブースに集まって仕事をしていたため、一時期はすべての収録が止まってしまいました 。そこで、自宅に機材を揃えて音声を取り、データでやり取りする仕組みを本格的にサービス化しようと新事業展開を開始しました 」
現在、アル・シェアでは年間約1,000本以上の「自宅録音(宅録)」案件をこなしています。地方に住む所属声優たちが、それぞれの自宅でクオリティの高い音声を収録し、それをデータとしてクライアントに届ける 。このデータの流通によって、業界の「当たり前」だった東京一極集中の壁が、見事に打ち破られました 。

2.圧倒的な高速ワークフローと「画期的な選定システム」
驚くべきことに、声優事務所という組織単位で、こうした自宅録音やデータ活用をスキーム化してサービスとして提供しているのは、業界内でもアル・シェアのほかにほとんど例がありません 。フリーランスのナレーターが個人や小規模なチームで行うケースはあっても 、多くの大手声優事務所は、現在でも「スタジオに演者を呼んで収録する」という従来型のスタイルを維持しています 。
なぜ、アル・シェアにそれができたのか。その理由は、藤田代表自身のユニークな経歴にあります。藤田氏は、声優業を営む傍ら、IT職のエンジニアや執行役員として25年以上のキャリアを持つ、現役の「ITのプロ」でもあるのです 。
「通常の声優事務所では、そもそもこうしたITを使ったフローを組むことが難しいのが現状です。私はエンジニアとしての知見を活かし、業務の効率化と他拠点間のスムーズな連携を図るためのシステムを自ら構築しました 」
その具体的な仕組みは、非常にシンプルでありながら洗練されています。 まず、クライアントから案件が持ち込まれると、社内で導入しているSlackを通じて全体にアナウンスが流れます。参加を希望する声優たちは、締め切りまでに自宅で音声を収録し、専用のGoogleフォームからデータを送ります。すると、システムによって自動的にGoogleドライブ内の適切なフォルダへとデータが集約され、マネジメント担当者が1人ひとりの音声を手作業で回収する手間を一切かけることなく、最適な形でクライアントへ提出できるワークフローが確立されているのです 。
このデータ連携の仕組みがもたらした最大の強みは、「圧倒的なスピード感」と「これまでにない画期的な選定システム」です 。
通常のスタジオ収録であれば、クライアント、演者、スタジオ、音響スタッフの全員のスケジュールを合わせる必要があるため、どれだけ急いでも収録までに1週間〜2週間、人気の声優であれば半年〜1年先までスケジュールが埋まっていることも珍しくありません。しかし、アル・シェアの宅録システムであれば、依頼から最短で「中1日(翌々日)」で音声データを納品することが可能です。
さらに、クライアントの意思決定を強力に支援するのが、同社独自のデータ活用法です 。
他社の一般的なキャスティングでは、短い「ボイスサンプル」を聴いて1人の声優を選定し、その後に本編の収録を行います 。そのため、いざ本編を録ってみたら「イメージと違った」「動画のテンポに合わない」といったミスマッチが起きやすく 、リテイクに伴う追加料金や、最悪の場合は声優を選び直すといった時間的・金銭的コストが発生していました 。
これに対し、アル・シェアのサービスでは、オーディションの段階で、参加を希望する複数の声優が「本編の原稿そのもの」を全編にわたって収録し、そのすべての音声データがクライアントに提供されます 。
「同じ原稿であっても、声優によって声のトーンや演技のニュアンス、感情の乗せ方は全く異なります 。クライアントは、完成した複数の音声データを実際の映像に合わせてじっくりと比較・検討できるため、ミスマッチが起こりません 。『これだ!』と思ったデータを選べば、そのまま別料金なしですぐに作品として使用できるのです 。この仕組みは、スムーズな経営判断やマーケティングの意思決定に寄与していると、多くのお客様から高い評価をいただいています 」
空間を飛び越えるデータ流通のスピードと 、複数データの比較による「確度の高い選定」 。これこそが、ITエンジニアである藤田氏だからこそ実現できた、音声業界における最高峰のデータマネジメントといえます。

3.「アナウンサー比で再生数10倍」-数字が証明する声優の表現力
「データ活用」の効果は、業務の効率化や納品のスピードアップだけに留まりません 。アル・シェアが提供する音声データは、導入した企業や自治体のビジネスにおいて、驚異的なマーケティング成果(数字)を叩き出しています 。
事前質問票の中で明かされた、いくつかの驚くべき成功事例をご紹介します 。
- 同じ映像でも、アナウンサーと比較して動画の再生数が「10倍」に増加
- 大手焼肉チェーン店のGoogle広告に声優のナレーションを起用したところ、広告視聴率が最大「60.80%」まで上昇し、途中で離脱されずに最後まで視聴される時間が大幅に増加
- 不動産向けのプロモーションナレーションを同社の声優が担当した結果、それまで7億円だった物件の売上が「21億円」へと爆発的に増加
なぜ、これほどの差が生まれるのでしょうか。藤田氏は、アナウンサーやナレーターと、声優との「役割の違い」にあると分析します。
「アナウンサーや一般的なナレーターの方々の役割は、机に座って原稿を正確に読み、聞き取りやすく『事実を伝える』ことです。これは非常に重要なスキルですが、私たちの主戦場である『声優』の本質は、言葉の裏にある感情を深く表現する『演劇(お芝居)』にあります。人間は、言葉の『意味』だけで動くことはありません。心理学的にも、人は行動の95%を感情で決めており、残りの5%の論理でその決定を正当化していると言われています。声優の声は、言葉の意味と同時に『感情』を瞬時に伝えることができるため、聴き手の本能に働きかけ、行動を強力に変容させることができるのです 」
WEB動画やSNS広告が溢れる現代において、ユーザーは毎日膨大な情報に晒されています。スマートフォンの画面をスクロールする一瞬の中で、いかにユーザーの指を止め、心を掴むか。そこで威力を発揮するのが、単なる情報の伝達を超えた「感情の乗った音声データ」なのです 。
4.観光・採用動画から、方言を活かしたプロモーションまで
こうした音声データの力は、地方企業や自治体が抱える「地域特有の課題」の解決にも大きく貢献しています 。
地方における大きな課題の一つが、「専門的なスキルを持つ人材の不足」です 。地方にも劇団の役者や地域のナレーターは存在しますが、キャラクターに変幻自在に命を吹き込む「声優」という専門ジャンルの人材は、地方にはほぼ皆無です 。そのため、地方の企業や自治体が質の高いプロモーションを行おうとすると、わざわざ東京のプロダクションへ依頼し、高いコストをかけて東京のスタジオまで足を運んで収録を確認しなければなりませんでした 。
アル・シェアが構築した他拠点連動型のデータ流通スキームは、この地理的な制約を完全に解消しました 。
現在、同社の音声データは、地方自治体や地方企業の様々な場面で活用されています 。例えば、札幌市からの依頼では、市が管理する公共施設の案内音声や、地域の防犯を目的とした啓発動画において、「子どもたちに声をかける不審な人物」の役を声優が迫真の演技で担当しました。
また、兵庫県警ではオレオレ詐欺を防止するために音声ドラマを制作し、映画館で放送することで地域の犯罪防止の危機意識につなげることに役立ち、宝塚警察署から感謝状をいただきました。

さらに、地方の企業誘致や観光プロモーション、深刻化する人手不足を解消するための「採用動画」のナレーションなど、地域に人や投資を呼び込むための重要なコミュニケーションツールとしても、同社の声優陣が活躍しています 。
「地方の案件であっても、基本的にはその土地にいる所属声優が地元の案件を担当することが多いです。例えば、北海道の中のプロモーションであれば、地元ならではの自然な『北海道弁』で喋ってほしいという指定が入ることもありますし、鹿児島在住で鹿児島弁が堪能なメンバーが、その方言のスキルを活かして指名を受けることもあります。プロフィールに『〇〇弁が喋れます』と記載しておくことで、データを通じて全国どこからでもその言葉が必要な仕事を引き受けることができる。これは、データ流通のスピードが上がった現代だからこそ実現できる、新しい地方創生の形です 」
中には、九州の地方都市の自宅で収録された音声データが、大手コンビニエンスストアの全国店舗の館内放送として採用され、日本中で流れるといった現象も起きています。取る場所も流れる場所も縛られない。データが人と地域をフラットにつなぎ、地方にいながらにして全国区の仕事ができる環境が、確かにここにはあります 。
5.デジタルの中に、どれだけ泥臭い「アナログ」を詰め込めるか
昨今、ChatGPTをはじめとする生成AIの進化によって、音声合成AIのクオリティも驚異的なスピードで向上しています。テキストを入力するだけで、瞬時に、かつ安価に滑らかな音声が出力される時代において、人間の声優の存在意義はどこにあるのでしょうか。
多くの企業や自治体が「AIで十分ではないか」と考えがちなこの問いに対して、藤田氏は脅威を認めつつも、明確な「人間がしゃべる価値」を見据えています。
「AIの進化スピードは凄まじく、発音が正確であること、間違えないこと、そして疲れないことに関しては、人間は勝つことができないでしょう。事実を淡々と伝えるだけのアナウンスや定型文の読み上げといった仕事は、おそらくこれからどんどんAIに置き換わっていくはずです。そこに対して私たちが戦いを挑んでも勝ち目はありません」
では、人間にしかできない領域とは何か。それこそが、「数字や論理では表せない、感情によるエラー(不完全さ)の価値」だと藤田氏は言います。
「人間が人間にやってほしいこと、例えば冠婚葬祭の司会や、誰かを本気で励ましたり、ワクワクさせたりする表現は、どれだけAIが進化してもなくならないと思っています。人間は、声の裏側にある『生身の人間がそこにいる』という気配や熱量を感じたい本能があるからです。
また、お芝居の現場では、本当は台本通りに綺麗に言うべきところで、感情が昂るあまりに声が裏返ってしまったり、独特の間(ま)が生まれたりすることがあります。しかし、その『計算されていないエラー』こそが、聴き手に『この人は本気で喋っているんだ』という強いメッセージとして伝わり、価値に変わるのです。過去のデータの蓄積から確率的に最適な音を出力するAIには、こうした『想像もしえない、枠をはみ出した人間同士が織りなす偶然の表現』を生み出すことはできません」
アル・シェアが提供しているサービスは、単なるデジタル化や効率化の追求ではありません。
むしろ、「デジタルという無機質な器の中に、声優が何年もかけて磨き上げてきた泥臭い演劇という『極上のアナログ』を詰め込んで流通させる」という、一見矛盾するような融合をITの仕組みによって実現しているのです。
おわりに:声のデータを武器に、明るい未来へ踏み出そう
現在、アル・シェアでは東京・福岡・札幌の各拠点に「声優養成所」を併設し、現役のプロ声優が生の対面レッスンで約200名もの未来の表現者を育てています。藤田氏が掲げる「どこにいても、死ぬまで生涯声優を続けられる世界」の実現に向けて、その裾野は着実に広がっています 。
最後に、藤田代表に、これからデータ活用に踏み出そうとしている地方企業や自治体のビジネスパーソンへのアドバイスとメッセージを伺いました 。
「地方の企業や自治体の皆様にお伝えしたいのは、音声をただの『音』や、文字情報を伝えるだけの手段だと思わないでほしい、ということです 。私たちがITのワークフローを使ってお届けしている声優の音声データは、人々の心を動かし、行動を変えるための強力な『エモーショナルデータ(感情のデータ)』です 。 DXやデータ活用と聞くと、難解なシステムや数字の羅列ばかりを想像して身構えてしまうかもしれません。しかし、皆様が日々向き合っている地域のお客様や住民の方々は、論理ではなく感情で生きている人間です。 皆様が抱えている課題――観光客を呼び込みたい、優秀な人材を採用したい、地域の安全を守りたい――そのすべてのコミュニケーションの根底に、ぜひ『プロの声を活用する』という視点を取り入れてみてください 。デジタル社会だからこそ、感情をのせた声のデータが、皆様のビジネスや地域社会の未来を明るく変える最高のフックになることを、私たちは確信しています 」
ITによる徹底的な効率化の先にある、人を動かすためのアナログな表現力の追求。アル・シェアのデータ活用が示す未来は、テクノロジーに振り回されることなく、その力を人間の可能性を最大化するために使うという、データエンジニアリングの本当の理想像を教えてくれています。
【取材協力】株式会社アル・シェア
東京・福岡・札幌を拠点に、アニメや企業ナレーション等を手掛けるプロ声優のマネジメントおよび音声制作事業を展開 。全国に現役プロが指導する声優養成所を擁し、ITを活用した在宅録音スキームにより、場所に縛られない次世代の表現者育成と音声データ提供。
また、企業・団体の社員・職員に向けて、声の表現力をプロの声優が直接指導する研修サービス「コエトク®」を全国で展開中。
企業サイト:https://al-share.co.jp/
研修サービス「コエトク®」:https://koetoku.com/














4-485x273.png)







