AI×統計データで挑む空き家予測!和歌山県が明かすデータ活用の壁とEBPMのリアル

データ活用(データエンジニアリング)の重要性を発信し、地方創生を加速させる「DataForJapan」。今回お話を伺ったのは、政府関係機関の地方移転を契機に発足し、日本のデータ利活用拠点として先進的な取り組みを続ける和歌山県データ利活用推進センターの松下様です。

これまで民間企業の事例を中心にご紹介してきた本メディアですが、今回は「初」の自治体事例としてインタビューを行いました。全国第2位という非常に高い空き家率に挑む和歌山県の先進的な取り組み、膨大なデータを繋ぎ合わせた共同研究の全貌、そして現場で直面した「データの壁」とその乗り越え方について、詳しく紐解いていきます。

和歌山県データ利活用推進センター 松下 剛士氏

1.空き家率20.3%!従来手法「戸別目視」の限界

人口減少や高齢化を背景に全国で空き家が増加しており、総務省の「平成30年住宅・土地統計調査」では全国の空き家数が約849万戸(空き家率13.6%)に達していました。和歌山県においても、空き家率が20.3%(全国第2位)と極めて高い結果となっていました。特に、地域の防犯性の低下や景観悪化、倒壊の危険を招く「特定空家」への対応は急務でありました。そうしたなか、2015年の「空家対策特措法」の施行により自治体が法的根拠を持って空き家の活用・除去といった対策に踏み出せるようになったことで、空き家の実態把握や将来予測への需要が高まりました。

しかし、従来の空き家調査は、一棟一棟を個別に訪問し、外観を見て判断する「戸別目視」が中心となっており、調査完了まで膨大な時間・費用・労力がかかることから、継続的な情報更新が困難でした。また「今後どこでどれだけ空き家が増えるか」という将来予測の手法も確立されていませんでした。 和歌山県において、空き家分布推定に関する共同研究が開始されたきっかけは、政府機関の地方移転施策により2018年に国の「統計データ利活用センター」と県の「和歌山県データ利活用推進センター」の開所です。さらに和歌山市が2017年度に「空き家実態調査」を完了させており、詳細なミクロデータを保持していたことから、空き家分布推定の専門家である東京大学の秋山助教(当時)(※)を迎えた5者(総務省統計局、独立行政法人統計センター、和歌山県、和歌山市、東京大学)による共同研究体制が発足しました。

空き家分布推定に関する共同研究体制

2.4つの公共データを集約!機械学習(AI)技術を活用した推計モデル

今回の研究では、建物ごとの空き家判定と調査区ごとの将来予測を行うため、決定木ベースの代表的な機械学習(AI)モデルである「XGBoost(エックスジーブースト)」を採用し、以下の2つのモデルを構築して予測精度を検証しました。

1. 空き家分布推定モデル

和歌山市より提供を受けた以下の4種類の公共データを用いてモデルを作成しました。

  • 住民基本台帳データ:2019年4月現在(173,769件)
  • 水道情報データ:2019年5月現在(160,230件)
  • 建物登記データ:2018年10月現在(142,401件)
  • 空き家実態調査データ:2016年〜2017年実施(5,510件)

※なお、マンションなどの共同住宅や店舗は今回の研究の対象から除外されています

2. 将来空き家率推定モデル

街区などを組み合わせた調査区単位で約7年後の空き家率を予測するモデルです。2010年の「国勢調査(統計ミクロデータ)」と「空き家実態調査データ」を組み合わせて構築されました(学習に用いたサンプルサイズは2,545件)。2010年の「国勢調査」から2017年の「空き家実態調査」による空き家率を予測することから、「未来予測」という性格を持っています。
検証の結果、空き家分布推定モデルの適合率は93.2%という驚異的な数値を記録しました。予測モデルが「空き家である」と判定した場所の9割以上が実際に空き家であり、モデルの予測に対する信頼度の高さが実証された形です。一方で再現率は61.9%にとどまり、「本当は空き家である建物を『空き家でない』判定し、見逃してしまう」という傾向を持つモデルであることも明らかになりました。

各モデルの評価指標及び予測精度

モデル評価指標測定結果指標の意味と本モデルの特徴 
空き家分布推定モデル正解率97.8%全データ(26,509件)のうち、予測に成功した割合(25,935件)。
適合率93.2%モデルが「空き家」と予測した建物のうち、実際に空き家だった割合(835/896件)。非常に高い信頼性を証明。
再現率61.9%実際の空き家のうち、モデルが「空き家」と予測できた割合(835/1,348件)。見逃しが発生する。
将来空き家率推定モデル平均絶対誤差(MAE)0.0543実際の空き家率との差の絶対値平均。非常に高い精度で7年後の将来空き家率の上昇リスク地区を予測。

調査結果と予測値の差(空き家分布推定モデル)

3.「全作業時間の9割は前処理」とジオコーディングの泥臭い壁

研究プロセスにおいて、最も膨大な労力を要したのが「データの前処理とジオコーディング(各データと建物位置情報の結びつけ)」です。モデル作成の前段階であるデータの準備・整形作業だけで、全作業時間の9割を占めました。

住民基本台帳、建物登記、水道データは、住所をキーとして統合することが可能ですが、そもそも各部署のデータは横断利用を想定して作られていません。全角・半角の表記揺れや手入力による住所の欠損、さらには「〇〇字〇番」といった大まかな住所表記など、詳細さに大きなバラツキがありました。これらを緯度・経度情報に変換し、地図上の建物の位置に正しく結合させるジオコーディング処理において、非常に大きな壁が立ちはだかりました。

特に困難を極めたのが、建物登記データの特殊なフォーマット処理と、ジオコーディングサービスの精度の問題です。建物登記データは、1つの建物に関する情報が複数行にわたって変則的に格納されており、そのままでは分析に使用できません。これを規則的な1列のデータへと綺麗に構造化し直すデータ整形は、非常に根気のいる作業でした。

また、ジオコーディングサービスの精度の問題については、ジオコーディングサービスがカバーしていない地域(例えば、最近開発された新興住宅地など)で発生しやすく、マッピングした際に、その地区が丸ごと欠損したように見えました。

そのような地域については、Googleマップ等の地図と照らし合わせ、建物の位置を目視で確認しながら手作業で正しい座標を打ち直す作業が行われました。 「AI」や「機械学習」と聞くと、コンピュータが自動的かつスマートに処理するイメージを持ちがちですが、実際にはこうした地道な手作業によるデータ整形があって初めて実現されるものなのです。

4.「100%ではない」予測データと、行政現場での活用の難しさ

こうして高い完成度を誇る推定モデルが構築されたものの、実のところ、今回の推定結果が和歌山県や和歌山市の具体的な意思決定や個別業務に直接用いられた事例は現時点ではありません。適合率9割を超えているにもかかわらず現場導入が困難な背景には、行政ならではの構造的なハードルが存在していました。

研究結果を個別施策への活用を検討するにあたり、「100%の精度でないと成果の活用は踏み切れない」、「空き家かどうかを知っても啓発しかできない」など、実務的な声が挙げられ、予測モデルの利用には慎重な判断になっていたのです。

しかし、本来こうした予測モデルは、「将来的にどの地区で空き家リスクが高まるか」というリスクを可視化し、中長期的な空き家対策計画の策定や優先エリアの選定といった「マクロなビジョン・計画立案」において真価を発揮します。施策策定のタイミングや目的がうまく合致すれば、行政計画に盛り込んで有効活用される可能性は非常に高いものと期待できます。 なお、この研究成果(将来空き家率推定モデル)は、東京都市大学の秋山准教授(当時)(※)らによって全国版へと発展を遂げました。現在では、国勢調査および住宅・土地統計調査のオープンデータを用いて、日本全国の市区町村ごとの将来空き家率を無料で可視化・予測できるWebサービス「将来空き家率予測マップ」として提供されています。また、「将来空き家率予測マップ」のより詳細なデータを活用し、千葉県市原市などでは実際に空き家対策計画の策定や、空き家リスクが高い地域の早期特定に役立てられています。

調査区別のMAE分布(将来空き家率推定モデル)

おわりに:データ分析×現場の「ドメイン知識」による対話を

デジタルデータの爆発的な増加やAI技術の急速な発展により、EBPM(証拠に基づく政策立案)やデータ分析に取り組むハードルは以前よりも小さくなっています。そうした中で、和歌山県データ利活用推進センターの松下様がこれからDXやデータ活用に取り組む全国の自治体職員や企業担当者へ最も強く訴えるのが「対話」の重要性です。

データという客観的な視点のみによる分析を行い、現場ならではの「業務知識・経験」や「感覚」(ドメイン知識)を取り入れなければ、その結果は「何か思っていた分析と違う」という違和感が発生する可能性が非常に高くなります。一方で、「今までこれでやってきたから」といった前例踏襲や「担当者の勘」といった、主観的な視点のみによる意思決定も限界を迎えています。

「データに基づいた客観的な視点」と「現場のドメイン知識という主観的な視点」の双方を掛け合わせることによって、初めて正しい「課題設定」ができ、意味のある分析と適切な改善のサイクルが動き出すのです。

和歌山県データ利活用推進センターでは、令和8年度にデータサイエンス領域を扱う当センターと、公的統計・経済統計領域を扱う調査統計課分析班が統合される組織再編が行われました。異なる2つの視点が合わさったことで、行政課題の明確化や分析方法の提案など、より高度で柔軟な対応ができるようになりました。また、「データ利活用シンポジウム」の開催を通じたデータ利活用に関する情報発信、高校生・大学生向け「データ利活用講座」の実施や「データ利活用コンペティション」開催による未来のデータサイエンス人材の育成にもよりいっそう力を注いでいます。

データ活用にお悩みの自治体関係者様や地場企業の皆様は、日本のデータ利活用拠点として歩み続ける同センターへ、ぜひお気軽にご相談してみてはいかがでしょうか。

※現・東京都市大学 建築都市デザイン学部都市工学科 教授

【取材協力】和歌山県データ利活用推進センター

「政府関係機関の地方移転」の取り組みとして、総務省統計局・独立行政法人統計センターが「統計データ利活用センター」を開所したことに伴い、和歌山県が設置したデータ利活用の専門拠点。 データ利活用に関する分析研究をはじめ、証拠に基づく政策立案(EBPM)の推進、データサイエンス人材の育成など、「日本のデータ利活用拠点」として、さまざまな事業を展開。


公式サイト:https://www.pref.wakayama.lg.jp/prefg/020300/data/index.html