世界遺産・熊野古道。古くから「蟻の熊野詣」と例えられるほど多くの巡礼者が歩いたこの聖地がいま、深刻な「宿泊施設不足」という課題に直面しています。インバウンド需要が急増する一方で、高齢化による民宿の廃業が相次ぎ、歩きたくても泊まる場所がない――。
この地域の危機を、不動産の知見とデータの力、そして「無人運営」という革新的な仕組みで救おうとしているのが、株式会社ユニスト・ホールディングスです。同社がいかにして異業種から宿泊事業に参入し、データ活用によってどのような未来を描こうとしているのか。事業を牽引する山口和泰氏にお話を伺いました。

株式会社ユニスト・ホールディングス取締役 山口和泰氏
1,000年前から続く巡礼の道を、次世代へつなぐために
ユニストグループが熊野古道で宿泊事業を開始したきっかけは、代表の今村氏が抱いた「社会的意義のある事業に取り組みたい」という強い想いでした。地方創生分野に関心を持ち、各地を視察する中で出会ったのが熊野古道です。
「熊野古道は世界中から旅人が集まる人気観光地ですが、現場を歩いて見えてきたのは、過疎化によって宿泊施設が足りず、予約が2年先まで埋まっているという異常事態でした」と山口氏は語ります。
特に、約100kmに及ぶ「中辺路(なかへち)」ルートは、踏破に4〜5日を要します。巡礼者は数日かけて宿を泊まり歩く必要がありますが、沿線の民宿はキャパシティが小さく、ハイシーズンには宿が取れないために、せっかくの歩き巡礼を中断してバスで別エリアへ移動せざるを得ないケースが多発していました。
「不動産会社として培ってきた開発・運営のノウハウを投入すれば、この『宿泊キャパ不足』と『担い手不足』を解消し、聖地の持続可能性を守れるのではないか。それが、私たちの挑戦の始まりでした」と山口氏は振り返ります。目の前の課題解決の先に、1,000年続く歴史を次世代へ引き継ぐという使命感を見出した瞬間でした。

「SEN.」に込めた想いと、2030年への壮大なビジョン
同社が展開する宿泊ブランド「SEN.RETREAT(セン・リトリート)」と「SEN.HAVEN(セン・ヘイブン)」。この「SEN.」という言葉には、単なる記号以上の深い想いが込められています。
「SEN.」には、熊野古道の「山」/山間を縫うように流れる「川」/紡ぎ、繋がれてゆく数多くの「線」これら3つの”セン”に五感を表す「Sense」といった複数の意味が重なり合っています。そこに、心身を癒やす「RETREAT」と、安心して長く滞在できる拠点を意味する「HAVEN」を組み合わせ、単なる宿泊以上の価値を提供しています。
さらに、ユニストグループが掲げるビジョンは極めて具体的です。それは「熊野街道 2030年 30億円商圏をつくる」というもの。
「単に自分たちの宿が繁盛すればいいとは考えていません。宿泊拠点を整備することで、地域全体に経済の循環を生み出し、2030年までに30億円規模の商圏を創出する。それが、私たちが考える地方創生の姿です」と、山口氏は力強く語ります。自社利益を越え、地域全体の経済を底上げするという高い視座が、同社の事業の根幹にあります。
「無人運営」を支えるデータとシステムの力
しかし、過疎化が進む地域での運営には、人材確保という大きな壁がありました。
「最初に手がけた宿泊施設『SEN.RETREAT TAKAHARA』は、当初は有人運営を想定して設計されていました。しかし、365日運営するには最低5名のスタッフが必要です。人口減少が進む山間部で、それだけの人材を安定して確保するのは至難の業でした」
そこで同社が舵を切ったのが、徹底した「無人運営」の仕組み作りです。スマートロックやチェックインシステムを導入し、現地に常駐スタッフがいなくても運営が回る体制を構築しました。
もちろん、すべてを機械任せにするわけではありません。清掃や食材の運搬などは地域の方々をアルバイトとして採用しており、現地での雇用もしっかりと生み出しています。仕組みをデジタル化することで、物理的な距離を克服し、持続可能な運営を可能にしたのです。

SEN.RETREAT TAKAHARA無人チェックイン
「地域の味」を届けるための、地産地消へのこだわり
無人運営でありながら、ゲストの満足度を支えているのが「食」へのこだわりです。同社では、提供する食材を徹底して地元のものにこだわっています。
「無人宿だからといって、食事の手を抜くことはありません。むしろ、その土地ならではの味を楽しんでいただくことこそが、旅の醍醐味だと考えています。地元の生産者の方々と連携し、和歌山・熊野の豊かな恵みを味わえるメニューを開発しました」
例えば、地元の精肉店から仕入れる質の高いお肉や、近隣で採れた新鮮な野菜など、地域の「顔が見える」食材を提供しています。これはゲストに喜ばれるだけでなく、地域経済への直接的な還元にもつながっています。
「私たちが地元の食材をゲストに届けることで、地域の農家や商店に新たな収益が生まれます。無人運営というデジタルな仕組みを導入しながらも、提供する価値はどこまでもアナログで温かい『地域の魅力』そのもの。この両立が、持続可能な地域づくりには欠かせません」と山口氏は説きます。データ活用で効率化したからこそ、地産地消という手間のかかる部分に熱量を注げる。そこに、同社の地域に対する深い敬意が表れています。
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マッシュアップされるデータと、国境を越えた連携
この「無人運営」と「地域連携」の裏側では、高度なデータ連携が行われています。同社は「suitebook」「ねっぱん」「手間いらず」といったクラウドシステムをマッシュアップ(組み合わせ)し、予約傾向や顧客属性を一元管理しています。
例えば、チェックアウト時にゲストがQRコードを読み取ると、即座に地元の清掃スタッフや食材配送スタッフへ通知が飛ぶ仕組みを構築。これにより、無駄のないオペレーションを実現しています。また、ゲストの約8割を占めるインバウンド客への対応は「クラウドコンシェルジュ」サービスを採用。タブレットなどを通じて多言語での遠隔サポートを行っています。
「東京にいる社員が、データを見ながら現地の指示や販促計画を立てる。現場にスタッフが常駐しなくても、データとシステムを適切につなぐことで、過疎地でも安定した世界基準の受け入れ体制を構築できるのです」と山口氏は語ります。物理的な距離をテクノロジーが埋め、地方の課題を都市部や海外の知見で解決する、まさにDXの理想的な形がここにあります。
データ活用が「勘」を「確信」に変え、地域を動かす
地方創生の現場では、往々にして「勘と経験」に頼った意思決定が行われがちです。しかし、山口氏はデータ活用の重要性をこう強調します。
「これまでは『なんとなく宿が足りない』と言われていた課題が、予約データや動態分析によって『この地点に、この規模の宿がこれだけ必要だ』という論理的な確信に変わりました。データによる裏付けがあるからこそ、大胆な投資も、地域を巻き込んだプロジェクトも可能になります」
同社の取り組みは、空き家という「負の遺産」を、データとテクノロジーで「地域の資産」へと鮮やかに再生させています。
「地方には、まだ眠っている価値がたくさんあります。それをデータで掘り起こし、持続可能なビジネスとして再構築する。私たちの挑戦が、一歩踏み出せずにいるビジネスパーソンや自治体の方々にとって、未来を切り拓くヒントになれば嬉しいですね」と、山口氏は締めくくりました。不確実な時代だからこそ、客観的なデータに基づき、熱意を持って行動する。その姿勢が、地域の未来を変える鍵となります。
【取材協力】株式会社ユニスト・ホールディングス
【会社概要】 「不動産の力を、未来の力に。」を掲げ、不動産開発から宿泊事業まで幅広く展開する企業グループ。世界遺産・熊野古道において、空き家を利活用した無人運営宿「SEN.RETREAT」を展開し、テクノロジーを駆使した地方創生の新たなモデルを構築している。2030年までに熊野エリアで30億円の商圏を創出することを目指し、地産地消の推進や雇用創出を通じて、持続可能な地域づくりに邁進している。
企業HP:https://www.n-unist.co.jp/













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