「DX推進」「データ活用」「EBPM(証拠に基づく政策立案)」。 今、地方自治体や企業の担当者のデスクには、これらの言葉が躍る企画書が山積みにされているのではないでしょうか。これらは未来への希望であると同時に、現場にとっては逃げ出したくなるような重たいプレッシャーでもあります。
「そもそも、紙の書類が山積みでデータ化なんて夢のまた夢」 「個人情報の壁が厚すぎて、手のつけようがない」 「苦労してデータは集めたが、結局どう活用していいかわからない」
そんな現場の切実な悩みに、一つの明確な解を示す企業があります。Arteryex株式会社(アーテリックス)です。
彼らが掲げるのは、「健康銀行」という壮大なミッション。その核にあるのは、これまで病院や行政が管理するものとされていた医療データを、「患者自身が管理し、自分の“資産”として活用する」というコペルニクス的転回とも言える新しい概念です。
なぜ彼らのサービスは、デジタルに不慣れなシニア層に受け入れられ、堅牢なセキュリティを求める自治体や大企業と連携できるのか。 同社のキーパーソンである脇坂 茂寿氏へのインタビューを通じ、アナログな医療情報を未来への「資産」に変える変革の軌跡と、これからデータ活用に挑むリーダーたちが知るべきヒントを紐解きます。

Arteryex株式会社 マーケティング責任者 脇坂 茂寿氏
1. 「医療データの資産化」 — 情報は誰のものか?
捨てられていた「宝の山」
私たちが病院で受け取る検査結果、処方箋、領収書。これらはこれまで、「病院が管理するもの」とされがちでした。あるいは、患者自身にとっては「一度見たら引き出しの奥にしまわれる紙切れ」に過ぎなかったかもしれません。
しかし、Arteryexはこの常識を覆しました。「個人の健康情報は、個人が管理し、自らの意思で価値ある“資産”として運用するものである」。これが彼らの提唱する世界観です。
インタビューの中で、脇坂氏は「健康銀行」の構想についてこう語ります。 「まずはカルテで健康を一括管理する。その先に、自分自身の健康状態でマネタイズしたり、社会の役に立てたりする未来があると考えています」。
つまり、自分の健康データが、文字通り「資産」となって自分を助け、あるいは新しい医療の開発に寄与して社会還元される。そんな循環を生み出そうとしているのです。
シニアの声に耳を傾け、「パシャっとカルテ」は生まれた
この思想を具現化したのが、PHR(Personal Health Record)アプリ「パシャっとカルテ」です。
使い方は驚くほどシンプルです。健康診断の結果、検査数値、処方箋、領収書。これらバラバラの紙資料を、スマートフォンで「パシャっと」撮影するだけ。それだけで、アナログな紙の情報がデジタルデータとして一元管理されます。
現在、ユーザー数は30万人を突破(2025年1月時点)。特筆すべきは、そのユーザー属性です。デジタルネイティブの若者ではなく、40代〜60代がユーザーの約7割を占めているのです。
なぜ、デジタルに不慣れとされる層にここまで受け入れられたのか。脇坂氏はその理由を「徹底した対話」にあると明かします。 「シニアへのインタビューを何度も何度も繰り返し、そのインサイト(本音)を取り入れました。私自身、事業部長時代には月に何度もインタビューを行い、重要な意思決定の軸にしてきました」。
決して技術先行ではなく、ユーザーの「使いやすさ」に徹底的に寄り添った結果が、この数字に表れています。

2.アナログの壁を突破する「AI OCR × 人」の執念
「紙だから無理」を「写真でいい」に変える
DX担当者が最も頭を抱えるのが、「入力」の壁です。 医療現場は依然として紙社会であり、フォーマットは病院ごとに千差万別。これをどうデータ化するか?
多くのDXプロジェクトがここで挫折します。「ユーザーに手入力させよう」とすれば、面倒くさがられて使われません。「完全にAIで自動化しよう」とすれば、読み取りミスへの懸念が拭えません。
Arteryexが出した答えは、「AIと人のハイブリッド」という、ある種”泥臭い”手法でした。
医療情報だからこそ譲れない。「ダブルチェック」の哲学
彼らのシステムは、独自のAI OCR技術で画像を読み取った後、さらに専任スタッフが目視で確認・修正を行う体制をとっています。
あえてコストのかかる「人によるチェック」を挟む理由について、脇坂氏は力説します。 「健康診断や検査などの医療情報は、極めて機密性が高く、個人の人生に関わる重要な情報です。だからこそ、100%ではないAIに任せきりにせず、必ずダブルチェックをしなければならないという思想があります」。
この徹底した体制により、データ化精度98%以上を実現。しかも、反映スピードは最短0.5日〜1.5日という速さで、ほぼリアルタイムにデータ化されます。
「手入力は本当に面倒くさい。だからこそ、写真で撮るだけで正確なデータが反映されることに価値がある」。 現場の「紙だから無理」という諦めを、「写真を撮るだけでいい、あとはプロが正確にデータ化する」という安心感に変えたこと。これが、アナログの壁を突破した最大の要因です。
3.企業・自治体への波及効果 — 「見えない顧客」にアクセスする
こうして蓄積された高精度なデータは、個人の健康管理にとどまらず、企業や自治体のマーケティング、ひいては政策立案にも変革をもたらしています。
具体的な数値が語る「顔の見える」マーケティング
Arteryexのプラットフォームには、ユーザーの許諾に基づき、極めて具体的な疾患・健康データが蓄積されています。 事前資料には、以下のような生々しい数字が並びます 。
- 高血圧:5,523人
- 糖尿病:3,732人
- 脂質異常症(高脂血症):1,259人
脇坂氏は、企業にとってのメリットを次のように説明します。 「例えば、治験(臨床試験)のスクリーニング支援などを行っています。特定の疾患を持っているユーザーが多いため、従来の調査パネルではリーチできない層に対しても、ピンポイントで情報を届けることができます」。
通常、企業が「高血圧の人」だけを探し出し、アプローチすることは困難です。マス広告を打っても、ターゲット以外に届いてしまう無駄が生じます。 しかし、Arteryexならピンポイントでのアプローチが可能です。
「不眠症の人は市販薬に何を求めているのか?」「高血圧の人の食事習慣は?」といった問いに対し、該当する疾患を持つユーザーへ直接アンケートやインタビューを行い、リアルな声を最短2週間というスピード感で収集できるのです。 これにより、企業は「顔の見える顧客」に向けた、確度の高い商品開発が可能になります。
4.家族をつなぎ、国の未来を拓く
データ活用は、家庭内の「人と人のつながり」の再構築から、国家レベルのプロジェクトまで広がっています。
「家族連携」で見守る高齢者の健康
インタビューの中で、脇坂氏が今後注力する機能として挙げたのが「家族連携機能」です。 高齢の親御さんと一緒に病院へ行き、その薬や検査結果を家族がアプリで管理する。あるいは、小さなお子さんの健康データを両親で共有する。
「例えば、お祖母ちゃんと一緒に病院に行き、そこで処方された薬を家族がアプリで撮って管理する。そうすることで、医師への説明もスムーズになります」と脇坂氏は具体的な利用シーンを描きます。
個人の健康データが、家族の絆を通じて共有されることで、医療現場のコミュニケーションエラーを防ぎ、より適切な治療へとつながっていく。これは、超高齢社会を迎える日本において、欠かせないインフラとなるでしょう。
2025年大阪・関西万博とマイナンバー連携への展望
さらに、Arteryexの挑戦は、一企業の枠を超えて国レベルのプロジェクトへも拡大しています。 同社の取り組みは、2025年大阪・関西万博に向けた経済産業省の事業にも採択されており 、日本のヘルスケアデータの未来を担う存在として期待されています。
また、今後のロードマップには「マイナンバーカードとの連携」も明確に描かれています 。 脇坂氏は、「マイナンバー連携は、来年(取材当時)着手する予定です。これによって、行政が持つ健診データなども取り込めるようになり、より包括的な健康管理が可能になります」と展望を語ります。
現状、「パシャっとカルテ」で収集できるのはユーザー自身が持っている紙のデータが中心ですが、マイナンバーとつながることで、行政が保有する公的な健康データともシームレスに結合されます。 「医療を10年進める」。彼らのスローガンは、単なるアプリの普及にとどまらず、日本の医療データ基盤そのものをアップデートしようとしているのです。

5. 鉄壁の守り — セキュリティへの備え
ここまで読んで、「データの価値はわかったが、やはりセキュリティが心配だ」と感じる方もいるでしょう。医療データは究極のプライバシー情報です。漏洩は許されません。
Arteryexはこの点においても、並々ならぬリソースを割いています。 特筆すべきは、国内に物理的に隔離された「データエントリ用セキュリティルーム」を構築している点です。
- インターネット回線を物理的に独立(UTM導入)
- 特定の認可されたスタッフのみが入室可能
- 私物の持ち込み禁止などの厳格なルール
このように、物理的にもネットワーク的にも遮断された環境でデータ化作業を行っています。さらに、ISMS等の国際的な認証基準に準拠した運用体制を敷いており、だからこそ、厳格なセキュリティ基準を持つ自治体や大手製薬企業が安心して連携できるのです。
6. おわりに — 意思決定の「迷い」を「確信」に変えるために
「見えないもの」を見る勇気
取材の結びに、脇坂氏はデータ活用に課題を抱える担当者へ、次のようなメッセージを送っています。
「意思決定において悩むことは必ずあります。『本当はやりたいけれど、予算がない、制約がある』と。しかし、しっかりとしたインサイト(データから得られる洞察)を掴んでいれば、施策を推進する自信が生まれますし、実際に成果も出ます。私たちもデータを使って成果を出してきました」。
データ活用とは、決して魔法の杖ではありません。しかし、暗闇の中で「住民が何を求めているのか」「顧客が何に困っているのか」を手探りする際、足元を照らす強力なライトになります。
「紙の山」を前に途方に暮れている自治体担当者の方。 「顧客の顔が見えない」と嘆く企業のマーケティング担当者の方。
まずは、手元にあるアナログな情報を、未来への「資産」に変えることから始めてみませんか? Arteryexの「パシャっとカルテ」は、写真を撮るという日常的な行為を通じて、その第一歩を支援します。
「医療を10年進める」。 その変革は、あなたの地域の、あなたの企業の現場から始まります。確かな技術と実績を持つパートナーとして、Arteryexはあなたの挑戦に伴走してくれるはずです。
【取材協力】Arteryex株式会社
2018年創業。PHRアプリ「パシャっとカルテ」を軸に、医療データのプラットフォーム事業を展開。2022年よりエーザイ株式会社の子会社となり、スタートアップの機動力と大企業のガバナンスを両立させた体制で、地域の健康課題解決に取り組んでいます。












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