データで救う「98%の孤独」。ひとり親支援のラストワンマイル

ペアチル様インタビュー09

日本国内において、ひとり親世帯の数は約134万世帯(母子世帯119.5万世帯、父子世帯14.9万世帯)に上ると言われています。その多くが経済的な困窮だけでなく、社会的な孤立、情報の非対称性、そして慢性的な時間不足という複合的な課題の渦中にあります。 「支援情報は世の中に存在していても、日々の生活に疲れ果てて探す気力がない」 「行政の窓口に行きたくても、仕事や育児に追われて物理的に行けない」 こうした「支援が届かない」現状を変えるために立ち上がったのが、一般社団法人ペアチルです。代表理事の南 翔伍氏は、自身が当事者家庭で育った原体験を持ち、テクノロジーと「データ」を駆使して、既存の福祉システムではカバーしきれない“ラストワンマイル”を埋めようとしています。 なぜ、人の心に寄り添う支援において、無機質に思える「データ」や「AI」が必要だったのか。そして、それらがどのようにして孤独な夜を過ごす親たちの「灯台」となり得るのか。南氏の言葉とペアチルの取り組みから、地方創生や行政DXの核心に迫ります。

一般社団法人ペアチル 代表理事 南 翔伍氏

1.「養育費」だけでは救えない。原体験から見えた複合的な闇

ペアチルの活動の根底には、南氏自身の原体験があります。母子家庭で育った彼は、子どもの立場から「親が孤立すると、家の中の空気も未来も静かにすり減っていく」という現実を目の当たりにしてきました。 「いつか、母のような状況にある全国のひとり親の力になりたい」。 その想いは、やがて具体的な行動へと繋がります。しかし、彼が最初に直面したのは、想像以上に根深い「構造的な欠陥」でした。

南氏にとって大きな転機となったのは、前澤友作氏からの出資を受けて設立した株式会社小さな一歩での経験です。そこで彼は「養育費保証サービス」を立ち上げ、養育費未払い問題の解決に挑みました。 離婚後の養育費支払率が極めて低い日本において、このサービスには短期間で多数の申し込みが殺到しました。しかし、集まった当事者たちへのヒアリングを重ねるほど、南氏は一つの残酷な事実に気づかされます。 「養育費さえあれば、すべてが解決するわけではない」 もちろん経済的な困窮は大きな問題です。しかし、そこには養育費の未払いだけでなく、「孤独」「情報格差」「時間不足」「就労の困難さ」といった課題が複雑に絡み合っていたのです。

特に深刻なのが「望まない孤独」と「情報の格差」です。 ひとり親家庭の多くは、仕事・家事・育児のすべてを一人で担う“完全ワンオペ”状態にあります。朝起きてから寝る瞬間まで一息つく暇もなく、支援制度を調べる余裕も、役所の窓口に行って煩雑な手続きの説明を受けるエネルギーも残っていません。 実際、行政相談に関する調査では、34.1%もの人が「相談したことはない」と回答しています。その理由の上位には、「時間がない」「時間が合わない」「窓口へ行くのが大変」「どこに相談すればいいか分からない」といった切実な声が並びます。 さらに、同じ「ひとり親」というカテゴリーであっても、死別、離別、未婚といった境遇の違いによって抱える悩みは異なります。そのため、既存のオープンなSNSで悩みを吐露しても、「話が合わない」「理解されない」と感じやすく、本音を言えないまま孤立を深めてしまうケースが後を絶ちません

行政やNPOに相談できているのは、全体のわずか2%程度に過ぎないという現実。残りの98%近くは、社会のセーフティネットの網目からこぼれ落ち、誰にも助けを求められずにいます。 「親の支援に、ITとデータ活用で本気で取り組まなければならない」。 南氏は、養育費という一点突破の支援から、親子の生活と心を丸ごと支える包括的な支援へと舵を切る決意を固めました。

2.「似た境遇」と「必要な情報」を10秒で届けるデータ設計

対面支援だけでは、地域差、時間差、そして心理的なハードルを超えることはできません。深夜の寝かしつけ後のわずかな隙間時間や、地方の孤立した環境からでも繋がれる手段として、南氏が選んだのは「アプリ」という形でした。

▼ひとり親限定トークアプリ『ペアチル』のサービス詳細はこちら

https://service.parchil.org/

サービス名の「ペアチル」には、ペアレント(親)とチルドレン(子ども)を掛け合わせ、「親子をひとつの“ペア”として丸ごと支える」という強い意思が込められています。ビジョンである「ひとり親家庭の親子が絶対的幸福になれる社会の実現」に向け、ペアチルはデータ活用において2つの画期的なアプローチを採用しました。

まず一つ目が、「自分と似た境遇の人と10秒で繋がれる世界観」の構築です。 これを実現するために、ペアチルでは登録時に詳細なプロフィールの入力を求めています。子どもの年齢や人数はもちろん、ひとり親になった経緯(離婚・死別・未婚など)、養育費の受給状況、居住エリア、年収に至るまで、その項目は多岐にわたります。 一般的なWebサービスであれば、登録時の入力項目が多いことは離脱率を高める要因として忌避されます。しかし、ペアチルがあえて詳細なデータを収集するのには明確な理由があります。 それは、誹謗中傷やなりすましのリスクを下げた「安全なクローズド空間」を作るため、そして何より、ユーザー自身の属性データを基に、本当に話が合う「境遇の近い相手」をマッチングさせるためです。 「本当の辛さは経験者じゃないと理解できない。ペアチルで分かち合えるのは救われる」実際にユーザーから寄せられるこうした声は、データの粒度を高めることが、結果として深い共感と安心感を生み出していることを証明しています。本人確認・ひとり親確認を必須としたこの空間だからこそ、深い自己開示が可能となり、孤独の解消に繋がっているのです。

二つ目のアプローチは、「情報の非対称性」の解消です。 前述の通り、当事者は自ら情報を探しに行く(プル型)余力がありません。そこでペアチルは、収集した属性データを活用し、ユーザーにとって最適な情報を「勝手に送られてくる(プッシュ型)」状態を作り出そうとしています。 例えば、居住地や世帯状況、収入などのデータがあれば、その人が使える可能性のある自治体の手当や支援制度を自動的にピックアップして通知することが可能です。 「利用状況(ログイン率、滞在時間、起動回数など)を集計し、個人が特定されない形で『どんな人が、どこで詰まりやすいか』を捉える」という分析も行われており、ただ繋がるだけでなく、生活を再建するための具体的なリソースを届けるインフラとして機能させています。 さらに、独自の実態調査も実施しています。例えば「子どもの一時預かりに関する実態調査(298件)」では、「休みたいのに預け先がない」「情報不足・手続きの煩雑さ・費用不安で利用が進まない」といった、制度が“届かない理由”を定量的なデータとして可視化しました。 これらのデータ収集・分析は、単なるマーケティングのためではありません。支援の空白地帯を特定し、そこへピンポイントで光を当てるための羅針盤なのです。

3生成AIが紡ぐ「心のインフラ」と「即時解決」の仕組み

ペアチルの取り組みにおいて、特筆すべきは「生成AI(LLM)」の高度な活用です。南氏は、AIを「冷たい効率化の道具」ではなく、ひとり親が抱える「時間・スキル・気力」の不足から生まれる情報格差を“圧縮”し、温かさを届けるためのツールとして位置付けています。

その象徴的な機能が、日本初の仕組みとしてリリースされた掲示板「ペアチルの泉」です。 孤独を感じる夜、誰かに悩みを聞いてほしいと思っても、友人は寝ているかもしれないし、専門家の予約は数週間先かもしれません。しかし、「ペアチルの泉」に悩みを投稿すると、まずは生成AIが24時間いつでも即時に回答をくれます。さらにその後、同じ境遇にある当事者の先輩ママ・パパからも経験に基づいた温かいコメントが届きます。 AIによる「即時性」と、人間による「共感」。このハイブリッドな設計が、「今すぐ助けてほしい」という切実なニーズに応えつつ、心の孤立を防ぐセーフティネットとなっています

また、「制度調査アシスタント」という機能も、情報の非対称性に挑む画期的なソリューションです。 この機能は、公式サイトや条例などの公的な情報のみを根拠として、ユーザーの居住地や世帯状況から利用可能な制度を抽出します。さらにユニークなのが、抽出だけでなく「役所への問い合わせメモ」まで作成してくれる点です。 「制度があることは分かったけれど、窓口で何と言えばいいか分からない」「たらい回しにされるのが怖い」。そんな心理的なハードルを下げるために、AIが「この制度について、こう聞けばいいですよ」という台本まで用意してくれるのです。 さらに、公式情報のみを最終更新日付きで提示する設計により、支援情報の信頼性もしっかりと担保しています。

そして、「キャリアコンシェルジュ」の展開も、AI活用の可能性を広げています。 いきなり人間のキャリアカウンセラーに相談するのはハードルが高いものです。しかし、相手がAIであれば、気兼ねなく不安を吐き出せます。AIとの対話を通じて、「自分は何に悩んでいるのか」「本当はどう働きたいのか」が言語化され、可視化されていきます。 悩みが整理された状態で、連携する複数の専門家エージェントに繋ぐことで、時間と費用の制約でアクセスしづらかった就労支援を補完し、よりスムーズな自立支援を実現しています。 「AIと当事者コメントを組み合わせて『次に何をすべきか』を短時間で掴める状態をつくる」これこそが、ペアチルが目指す「データ活用によるエンパワーメント」の形です。

4.地方創生への貢献と「情報のラストワンマイル」

地方創生の文脈において、ペアチルの存在意義はさらに高まります。 地方では、都市部に比べて同じ境遇の人に出会いにくく、物理的な孤立が深まりやすい傾向にあります。また、自治体の予算規模やリソースの制約から、独自の支援策を打ち出しにくいという行政側の課題もあります。 「地域を越えてつながれること自体が『支援の空白地帯』を埋めるインフラになる」。 ペアチルは、オンラインの特性を活かし、居住地に関わらず全国どこからでも質の高い繋がりと情報にアクセスできる環境を提供しています。

具体的な官民連携の動きも加速しています。 内閣官房の「孤独・孤立対策官民連携プラットフォーム」への参画に加え、徳島県、埼玉県、北海道、滋賀県など、地方版プラットフォームとも連携を強化しています。 特に埼玉県では、認定NPO法人さいたまユースサポートネットと連携し、「地域のリアルな居場所」と「オンラインコミュニティ(ペアチル)」を接続するモデルを構築しました。これにより、オンラインで繋がったユーザーを地域のリアルな支援拠点へ誘導したり、逆にリアルの支援現場からオンラインのコミュニティへ繋いだりと、相互補完的な支援体制を実現しています。

また、ユニークな地方創生事例として、湘南ベルマーレフットサルクラブとの連携協定による共同プロジェクト「フットサル de チェンジ」が挙げられます。 これは、神奈川県内のひとり親家庭の子ども50名を対象に、フットサルスクールへの参加を経済的・物理的に支援するスキームです。 「休日は親が仕事でどこにも連れて行けない」「習い事をさせる余裕がない」といった当事者の声やニーズのデータに基づき、地域資源であるスポーツクラブと福祉課題をマッチングさせた好例です。 南氏は、「福祉課題と地域産業を同時に前に進める地方創生モデルを作りたい」と意気込みます。データ活用によって地域の隠れたニーズを掘り起こし、企業のCSR活動や地域活性化策と結びつけることで、持続可能な支援のエコシステムを生み出そうとしているのです。

おわりに:データは暗い夜道を照らす「灯台」になる

ペアチルの挑戦はまだ始まったばかりです。南氏が描く未来像は、ひとり親家庭にとっての「スーパーアプリ」の実現です。 トーク機能を中核に据えつつ、就労、家計管理、専門家相談、学び、そして必要な支援への導線まで、生活に必要なすべてがこのアプリ一つで完結する「ひとり親版LINE」のような世界。 直近では、個別トークへのハードルが高いユーザー向けに、まずは気軽に呟ける「タイムライン機能」をリリースし、コミュニティの活性化を図る計画も進んでいます。

さらに、ペアチルが蓄積するデータは、社会全体の意思決定を変える可能性を秘めています。 南氏は、今後ペアチルを「研究機関」のように機能させたいと考えています。ひとり親家庭に関する解像度の高いデータを持つ組織として、現場の実態を定量的なデータとして発信し、政策提言に繋げていく。 実際、前述の一時預かりに関する調査データは、制度案内AIの公開や政策提言へと接続されており、データが「社会の意思決定」に働きかける強力な武器となることを実証しています。 次年度からは、孤独感の推移や制度利用率、就職・転職の成功数など、具体的なアウトカム指標を「測って報告する」方針も掲げています。これは、「親の孤独がほどけること」が、子どもの安心や虐待リスクの低減にどう波及するかを科学的に証明する試みでもあります。

「データ活用で目指したいのは、支援が届いていない層を『責めずに見つけ』、24時間AIが伴走し、現場の声を政策や地域連携に接続することです」。 南氏は、データ活用の意義について、次のような印象的なメタファー(暗喩)を用いて語ってくれました。 「データ活用は、僕たちにとって『暗い夜道を照らす灯台』のようなものです。どこに助けがあるか、どう進めばいいかを光で示すことで、ひとり親家庭が安心して一歩を踏み出す勇気をくれるのです」

冷たい数字の羅列に見えるデータも、その使い方次第で、人の心を温め、生きる気力を与えるツールになり得ます。 「まずは現場の問いを立て、取れるデータから小さく可視化して、改善サイクルを回す。それだけで、支援の“届かなさ”は確実に減らせます」。 南氏のこの言葉は、DXやデータ活用に足踏みしている全国の自治体や企業にとって、大きな示唆となるはずです。 データは管理するためではなく、誰かを救うためにある。ペアチルの取り組みは、テクノロジーとヒューマニティが融合した、新しい社会支援の形を私たちに提示しています。


【一般社団法人ペアチル

「ひとり親家庭の親子が絶対的幸福になれる社会の実現」を掲げ、国内最大級のひとり親限定トークアプリ『ペアチル』を運営 。生成AIやデータ活用による孤独・情報格差の解消に加え、当事者の声を基にした政策提言や自治体連携を通じ、親子を社会全体で支えるインフラ構築を推進する 。

企業HP:https://parchil.org/