1419の橋を、少人数でどう守る? 東広島市が挑んだ「データ×インフラ管理」の挑戦

LocationMind様インタビュー

「データ活用」と聞くと、多くの自治体や地方企業の担当者様は「予算がない」「専門人材がいない」「きれいなデータが揃っていない」と身構えてしまうのではないでしょうか。

しかし、今回ご紹介する事例は、そうした「ないない尽くし」の状況こそが、データ活用推進の最大のチャンスであることを証明しています。

舞台は、広島県東広島市。市が管理すべき橋梁(きょうりょう)の数は1,400以上。対して、担当する技術者はわずか数名。この圧倒的なリソース不足という壁を、位置情報データという「武器」でどう乗り越えたのか。

東京大学発のベンチャー企業、LocationMind株式会社(ロケーションマインド)の西村真登氏に、単なる効率化を超えた、持続可能な地方インフラ管理の「未来のひな形」について伺いました。

LocationMind株式会社 西村 真登氏

1.1,419の橋 vs数名の技術者:地方自治体が抱える「静かなる危機」

東広島市は、広大な市域と多くの河川を持つ、自然豊かな街です。しかし、インフラ管理の視点から見ると、その特徴は重たい課題となってのしかかります。 市が管理する橋梁の数は、なんと1,419橋。その多くが高度経済成長期に建設され、建設後50〜60年が経過。老朽化が進み、修繕や点検にかかる費用による財政負担が増加していました。

インフラ全体の持続可能な維持のためには、利用頻度の低い橋を「集約(統合)」したり「撤去」したりする判断が必要です。しかし、現場の実情は過酷でした。

西村氏によると、市の技術系担当者はわずか数名しかおらず、毎年の法定点検と、壊れた箇所の修繕だけで手一杯の状態だったといいます。橋を減らせば将来的なコストが削減できると分かっていても、「どの橋をなくしても問題ないか」を検討する時間も人手も全く足りていなかったのです。

従来の手法でこれを解決しようとすれば、膨大なコストと時間がかかります。1,419箇所すべての橋で交通量調査(カウンターでカチカチと数える調査)を行い、地図を見ながら手作業で迂回ルートを検証する――。 担当者の方いわく、それを人海戦術で行おうとすれば「(本取組で行った全橋梁に対する網羅的なデータ分析の)数十倍、数百倍の時間と費用がかかる」ことは明白でした。結果として、積極的に橋を減らす取り組みは進まず、「自然災害などで壊れてしまったから廃止を検討する」といった受動的な対応にならざるを得ないのが実情でした。

2.位置情報ビッグデータが「見えない人の流れ」を可視化する

この「解けないパズル」に挑んだのが、LocationMindです。東京大学・柴崎研究室発のベンチャーである同社は、位置情報AIと宇宙(衛星信号認証)を二本柱とする技術者集団です。2024年度、広島県のスタートアップ共同調達事業として、東広島市とLocationMindのプロジェクトが始動しました。

彼らが提案したのは、「全橋梁の『健康診断』を、データを使って一斉に行う」というアプローチです。具体的には、以下のデータを掛け合わせ、市の管理対象である1,419橋(※県の管理分などを除く)について分析を行いました。

 ①橋の推定通行量  NTTドコモのモバイルGPSデータ(※1)を使用し、各橋の通行量がどの程度かを推定。

 ② 橋の迂回経路の推定  もしその橋がなくなった場合、住民はどれくらい遠回りを強いられるか? OpenStreetMap(OSM)の道路ネットワークを使い、シミュレーションを実施。

 ③ 近隣橋との距離  代わりになり得る近隣の橋梁への距離を計算。

これらのデータと、市が保有する「建設年度」などの台帳データを組み合わせることで、「老朽化が進んでいるのに、ほとんど使われておらず、すぐ近くに代わりの橋がある(=撤去候補)」を炙り出そうとしたのです

しかし、実現には高い技術的ハードルがありました。GPSデータは、数分おきに取得される「点」の集まりであり、誤差も含まれます。バラバラの点を実際の道路地図上に正しく乗せる「マップマッチング」には、同社が長年培ってきた高度なノウハウが必要不可欠でした。 さらに難題だったのが地図データです。地方の細い道や農道までは正確に反映されていないオープンデータの地図を、一つひとつ手作業で修正する泥臭い作業も行われました。

西村氏は、実態としては道があるのにデータ上は途切れていたり、逆に通れない道が繋がっていたりする箇所を一つひとつ見つけ出し、手作業でリンクを繋ぐ地道な作業が必要だったと振り返ります。市の担当者とも画面を見ながら「ここ、本当は通れますか?」と確認し合うなど、実はかなり泥臭い調整が行われていました。本取組では、予算の制約などもあり、オープンデータを用いたことが一因ではありますが、有償データを使ったとしても完全ではないため、同様の課題は一定残ります。

データ分析は「ボタン一つで魔法のように答えが出る」と思われがちですが、実際は現場の知見(自治体)」と「分析技術(企業)」の対話こそが、精度の高い結果を生む鍵となったのです。

※1)
「LocationMind xPop」データは、NTTドコモが提供するアプリケーションの利用者より、許諾を得た上で送信される携帯電話の位置情報を、NTTドコモが総体的かつ統計的に加工を行ったデータ。位置情報は最短5分毎に測位されるGPSデータ(緯度経度情報)であり、個人を特定する情報は含まれない。

3.「数百倍」の効率化が生んだ劇的な成果

プロジェクトの結果は、東広島市のインフラ管理に劇的な変化をもたらしました。

最大の成果は、議論のスタートラインが変わったことです。分析の結果、対象とした橋梁のうち、約400橋が「集約・撤去の検討候補」として抽出されました。 これまで「1,419橋のどれから手をつければいいのか」と途方に暮れていた状態から、「まずはこの400橋を検証すればいい」という状態へ。検討対象の母数を一気に3分の1以下に絞り込めたのです。

手作業で行えば膨大な時間がかかる作業を一気に行えたことで、担当者からは「これまでの数十倍、数百倍の効率化になった」と評価され、「満足したかという点では、もう十分な成果物をいただいた」という言葉が得られたといいます。

実際に、優先度が高い(撤去できそう)と判定された橋を現地視察したところ、「確かにほとんど人が通っておらず、すぐ近くに別の橋がある」ことが確認されました。逆に「撤去不可」と判定された橋は、シミュレーション通り、撤去すると住民が数キロもの迂回を強いられる重要な生活道路であることも裏付けられました。

「感覚」ではなく「データ」で示されること。 これにより、将来的に住民への説明や議会への報告を行う際にも、客観的な根拠を持って「なぜこの橋を残し、なぜあの橋をなくすのか」を語れるようになることが期待できます。 「1,400の橋を優先順位をつけて、検討できるようになった」ことで、限られた人的リソースを、本当に守るべき橋の点検や修繕に集中させることができるようになったのは、自治体経営において計り知れない価値があります。

4.課題も包み隠さず話す:データは万能ではない

もちろん、課題も残されています。西村氏はインタビューの中で、今回のプロジェクトで浮き彫りになった「データの限界」についても率直に語っています。

今回はモバイルGPSデータ(人の動き)を中心に分析しましたが、農道などは「車(軽トラなど)」の利用が主であるケースもあります。より厳密に行うなら、自動車の走行データなども組み合わせる必要がありますが、今回は予算と期間の制約の中で最善を尽くす形となりました

また、自治体としてもいくらデータで「撤去可能」という示唆が出ても、即座に工事ができるわけではありません。最終的には、現地での交通量調査による確定や、周辺住民へのヒアリングといった丁寧なプロセスが不可欠です。

西村氏は、データ分析はあくまで「候補の絞り込み」を楽にするものであり、撤去までの合意形成のハードル自体が消えてなくなるわけではないと指摘します。しかし、この「データで当たりをつけ、人間が仕上げる」という役割分担こそが、これからのDXのリアルな姿ではないでしょうか。

5.「東広島モデル」を全国へ:地方創生の新しいフォーマット

今回の東広島市の事例は、ひとつの自治体の成功事例にとどまりません。日本全国、どこの自治体も「インフラの老朽化」と「人手不足」という同じ課題に直面しているからです

LocationMindは、この「フォーマット」を他の分野にも応用できると考えています。 例えば、雪国の自治体における「除雪計画」。どの道路を優先的に除雪すべきか、どこに融雪パイプを設置すべきか。これも「道路の優先順位付け」という点では橋梁と同様のロジックで解決可能です。あるいは、観光振興や防災計画においても、人流データによる「事実の可視化」は強力な武器になります。

西村氏は、今後の展望として「国や県レベルでの広域分析」の必要性を訴えます。

橋や道路は市町村の境界を越えて繋がっているため、本来は市単独でバラバラに分析するのではなく、県や国が主導して広域のデータを一括で整備・分析し、その結果を各自治体が使えるようなスキーム(枠組み)が理想的だと彼は語ります。

予算の壁もあります。地方自治体では、壊れたものを直す予算はついても、「将来のためにデータを分析する」というプロアクティブな予算はつきにくいのが現状です。しかし、この東広島市の事例が示すように、データ活用は将来的な財政負担を劇的に減らす可能性を秘めています。この成果が広まることで、国や自治体の予算の使い方が変わっていくかもしれません。

関連リンク:国土交通省 人流データ利活用事例集2025総務省「Data StaRt Award ~第10回地方公共団体における統計データ利活用表彰~」での特別賞受賞GPSデータで1,419橋の交通量と迂回経路を調査【位置情報データの活用:広島県東広島市】(LocationMind)

6.これからデータ活用に挑む担当者様へ

最後に、西村氏から全国の担当者様へのメッセージをいただきました。

西村氏は、「東広島市さんのように、『こういう課題があるんだけど』と声を上げていただくことがすべての始まり」だと語ります。最初から完璧なデータが揃っている必要はなく、立派な計画書もいりません。「こんなことできたらいいのにな」という構想レベルの悩みでも構わないので、それを投げかけてもらえれば、企業側が「データならこう解決できるかもしれません」と提案できるからです。

データ活用とは、高価なシステムを入れることではありません。「現場の悩み」と「技術」が出会い、対話を始めることです。

1,419の橋を前に途方に暮れていた東広島市が、データという相棒を得て、持続可能な街づくりへと一歩を踏み出したように。 あなたの街や企業の「解決不能に見える課題」も、データで見方を変えれば、意外な突破口が見つかるかもしれません。

まずは、「実はこんなことで困っている」と、声に出してみることから始めてみませんか?

【取材協力】LocationMind株式会社

東京大学・柴崎研究室発のベンチャー企業。位置情報AIと宇宙技術を核に、人流分析、位置認証、インフラ管理、リアルタイム人流データなど多岐にわたるソリューションを展開。
企業HP: https://locationmind.com/